大阪アーツカウンシルでは2018年1月26日、一般社団法人関西伝統芸能女流振興会の代表理事である向平美希さんを「あつかん談話室」のゲストに迎え、子供歌舞伎や伝統芸能の世界についてお話を聞きました。若手の「伝統芸能女子」たちが伝えたい、その魅力とは?

向平さんはなぜ「伝統芸能女子」になったのか?
向平さんが初めて常磐津(ときわづ)の舞台に立ったのはなんと2歳9ヶ月、8歳からは松尾塾子供歌舞伎で歌舞伎や日本舞踊を学びました。
松尾塾子供歌舞伎では3歳から15歳(中学3年生)までの子どもたちを対象に歌舞伎を通じた情操教育が行われていました。創設者は大阪・難波にあった新歌舞伎座をつくった松尾國三さんの夫人である松尾波儔江(はずえ)さん。

歌舞伎を通して子どもたちに伝統芸能に触れてもらいたいという波儔江さんの思いから昭和63年に開塾され、波儔江さんの娘・松尾日出子さんが向平さんの先生でした。
「15歳で卒塾した後は、講師に来ていた元市川少女歌舞伎の市川梅香(ばいか)さんに師事して、お手伝いのために松尾塾に通っていました」
当時、長唄の先生たちが東京芸術大学出身だったため、向平さんも幼い頃から東京芸大を目指しました。日本舞踊でも長唄や常磐津など邦楽でも、名取(なとり)や師範といった制度は流派によってさまざまであり、それを生業とするには、どうしても皆が個人事業主になる傾向があるそうです。
スポーツ選手のようにスポーツをしながら企業に就職できるわけではなく、オーケストラのように楽団があるわけでもありません。自分の技芸を磨き、横のつながりをつくり、学歴も兼ね備えたいとなると、東京芸大への道が明るく見えたそうです。
しかし受験は失敗。向平さんが松尾塾の塾長である日出子さんにそれを報告すると、「助手としてうちに就職してほしい」と誘われました。それから松尾塾閉塾までの9年間、向平さんは指導者としてのキャリアを積みます。毎年三つの芝居をするために、約1年をかけて子どもたちに教える日々でした。
現在、向平さんは京都・山科こども歌舞伎で「忠臣蔵」を教え、甲南大学の歌舞伎サークルも指導しています。
女子会で「気軽に参加できる場をつくりたい」という思いが生まれた
舞踊会などは単発の仕事が多く、毎回現場のスタッフが変わるのが一般的です。しかし、向平さんは松尾塾子供歌舞伎や指導者として、毎年同じ時期に同じ顔ぶれと仕事ができたため、裏方さんや表方さんとも個人的な交流が育っていました。
「いろいろな人と交流があったので『あの人はどんな人?』とよく聞かれました。『じゃあ女子会しましょうか?』と声をかけると18人ぐらい集まったんです」
平たく言えば、伝統芸能の女子会です。女子会はそれぞれの仕事の楽しさや課題などを話す場となりました。舞踊会や演奏会が減り、表方に女性が減っている反面、裏方は大道具や音響など女性が増えています。
「女子会で話していると『コンサート感覚で気軽に見に行ける邦楽の会がない』とか、『着物を着ていく場所がない』という話題が出ました。年に一度でも、みなさんに来ていただきやすい邦楽の会をつくりたいという話をよくしていました」
そして向平美希さんは昨年、一般社団法人関西伝統芸能女流振興会を立ち上げ、代表理事に就任します。舞台を設営する大道具方の森本加奈子さん、着付けなどを行う衣裳方であり、長唄を唄う唄方、鼓や太鼓などを担当する囃子方でもある辻野美加さん、音響を担当する多田佳保里さんが理事に加わり、監事は常磐津三味線方の常磐津三都貴さん。30才の向平さんから40代半ばまでの女性たちが集まりました。

2017年12月には第1回の公演「ましろ会」を国立文楽劇場小ホールで開催。邦楽は一つの流儀の発表会的な会が多いのですが、「ましろ会」は常磐津もあれば、長唄あり、義太夫あり、舞踊もありと、いろいろな流儀が集まった面白い構成でした。
「携わるジャンルもキャリアも全く違いますが、年齢が大きく離れていないので、それぞれ自分の立場で遠慮なく意見を出しあえるのがこの会の良いところだと思っています」
ましろ会を振り返る
ここからは第1回「ましろ会」の内容を、写真を見ながら向平さんに解説していただきました。

「これはワークショップの様子です。右の三味線3人は、向かって右から義太夫節、常磐津、長唄というジャンルの方々です。同じ山台(演奏者が座る台のこと)にジャンルの違う方がいっしょに並ぶことはなかなかありません」
義太夫、常磐津、長唄はどれも唄(語り)と三味線の組み合わせで演奏されます。どう違うのでしょうか?
「大まかには唄物(長唄)と浄瑠璃物(常磐津と義太夫)のふたつにジャンルが分かれます。浄瑠璃物は物語、唄物は情景描写が多いですね。義太夫は大阪で栄え、常磐津は大阪から名古屋を渡って江戸で栄えました。私は個人的に(義太夫より)少し唄の要素が多いのが常磐津だと思っています」

こちらが常磐津、一番左が向平さんです。
「これは『山姥(やまんば)』という曲で足柄山の金太郎さんの話です。息子が出世して京都に行ってしまうため、さみしい気持ちの母心が語られていて、私も舞台の上で泣きそうになります」

こちらは舞踊家としての向平さんです。
邦楽や舞踊のおさらい会(お弟子さん方の発表会)は、長唄なら長唄だけ、舞踊なら舞踊だけが長時間にわたり何演目、何十演目も上演されることが多く、一般の人には敷居が高いのですが、「ましろ会」はおおむね2時間、映画やコンサートに慣れた人には馴染みやすい構成でした。
伝統芸能の感覚は意外に身近
「ましろ会」が、一般の方が伝統芸能に触れるきっかけになればと向平さんは言います。
「伝統芸能は難しく思われがちですが、題材の多くは恋愛ものや、お家騒動、嫁姑問題などで、人間のドラマは時代を問わず主軸は変わらないように思っています。唄も『朝陽がめっちゃインスタ映え』とか『寄り道しているなう』みたいな歌詞なんですよ」
歌詞がすべてわからなくても「なんだかこのメロディーが好きだ」と感じるだけでもいいんです、と向平さん。
「題材を調べてみると、狂言から派生しているものや落語に登場する話、端唄(はうた)でパロディ化されている話など、噛めば噛むほど味のあるものです。食わず嫌いにはならないでいただきたいんです」
それを受けて会場からは、普通の人が見に行きやすい、ふたつの能楽堂の取り組みが紹介されました。
ひとつは山本能楽堂。能、文楽、落語が同じテーマ、同じ舞台で競演する「三芸再会」など古典芸能をジャンルを超えて組み合わせ、「いいところどり」を見せる公演に熱心です。
もうひとつは大槻能楽堂が2017年に開催した「能って難しい? いえ、決してそんなことはありません」というシリーズ。
プレトークに劇作家・演出家・エッセイストのわかぎゑふさんと観世流シテ方で人間国宝の大槻文藏さんがナビゲーターとして登場し、演目の見どころを紹介してから能を鑑賞する構成だったそうです。
関西伝統芸能女流振興会でも伝統芸能を気軽に知ってもらおうと「麻の葉サロン」を開催しています。これまで長唄・囃子方、義太夫の三味線奏方、衣装方などを講師に、実演を交えた茶話会形式のサロンを重ねてきました。(次回は5月20日、講師は清元三味線方の清元延菊笑さん)
未来に期待すること
2020年の東京オリンピックの開催にあたって、文化プログラムが数多く発信されると予想されます。伝統芸能の現場ではどんな機運が高まっているのでしょうか。
「少年ジャンプ」連載中の漫画「ONE PIECE」(ワンピース)が歌舞伎化されるなど、ブームはじわじわきていると向平さんは感じているそうです。
「日本の芸能は、みんなと同じことをするが良し、また同じことを繰り返してパターン化されたものを見ることが気持ちが良いという民族性がつくり出した芸能だと私は思います。テレビ時代劇の『必殺仕事人』も、『チャララー♪』と鳴ると歌舞伎のように『待ってました!』と声をかけてご覧になっているのではないでしょうか。伝統芸能も、みなさんからそんなに遠い距離のものではないんですよ」

「外国の方向けにも、伝統芸能は今の私たちの生活にベストな形に創意工夫ができるということ、それでいて本質は根づいていることをアピールしていきたい」と向平さんは付け加えました。
今回のあつかん談話室では音楽ホールのステージマネージャーやクラシックハープ奏者、舞台の元大道具係、劇団の制作担当とさまざまなジャンルの方が集まりました。向平さんたちがつくる「麻の葉サロン」のように、今後もさまざまなジャンルの方をゲストにお迎えし、みなさんの文化芸術への入口や交流のきっかけになればと思います。
(構成/狩野哲也)