「闘うホール」の365日

大阪アーツカウンシルの毎月恒例の小さなサロン「あつかん談話室」。第13回(2018/2/27)は神戸市立灘区民ホールのディレクター衣川絵里子(きぬがわ・えりこ)さんをゲストにお招きしました。

タイトルの「365日」は灘区民ホールには休館日がないことからつけました。「月に1日と年末年始はお休みをいただいておりますが、利用希望があれば開館しますので、定期休館日はありません」そして「ホールで一番闘っているのは齋藤館長(齋藤光國さん。元神戸市職員。神戸文化ホールの運営に携わり、神戸大学でアートマネジメントを教えた)ですよ」と前置きして、衣川さんのマシンガントークがはじまりました。限られた時間に濃密な内容を盛り込んだがゆえのマシンガンぶりです。その一部をダイジェストでご紹介します。

神戸市立灘区民ホール

神戸市立灘区民ホールは1993年3月に開館しました。ビルの5階に500席の大ホールや音楽スタジオなどがあります。1995年の阪神淡路大震災で被災しましたが、直後は1階のロビーが避難所となって200名以上を収容。その後に改修されました。

2010年4月からは指定管理者として、ビルメンテナンスの一部上場企業「日本管財株式会社」と、齋藤館長が神戸大学の学生とともにつくった会社「文化律灘合同会社」のふたつの会社のジョイントベンチャーが灘区民ホールを運営しています。

神戸市が指定管理者の管理運営に対して毎年行う評価で、最高評価のAAA(市内全638施設中「AAA」評価は6施設/平成27年度)を2年連続で獲得し、2013年度から5年連続で文化庁の「劇場・音楽堂等活性化事業」活動別支援事業(人材養成・普及啓発)に採択されています。

「基本的にはお金がないホールです。2010年からの4年間、事業予算は0円でした。指定管理の2期目に入ってからやっと100万円いただけるようになり、その範囲内でやりくりしています。指定管理料は約4000万円。利用料金収入が1300万円前後、テナント料収入が1700万円。おおむね7000万円ぐらいで現在、運営しています」

この金額は過去、財団法人神戸勤労福祉振興財団(現・神戸いきいき勤労財団)が運営していた頃の半分だそうです。

そして事務所は日々、2人体制なのだとか。

「朝8時半から15時半までの勤務と、14時半から21時半の勤務と2交代制で、ほとんどの時間、スタッフは2人しかいません。施設予約も受け付け、チケットも売ります。ロビーに入り込んだネズミを追い出したこともありました」

予算が少ない中で取り組んできた事業

2016年度に取り組んだ事業として紹介されたのはこちらです。

    • 世界の劇場シリーズ

海外のノンバーバルな表現様式をもつカンパニーを招聘。子どもから大人まで楽しめる良質な演劇公演。「言葉がないので小さな子どもも楽しめます」

    • 出前授業シリーズ

小学校や幼稚園などの教育機関や院内学級へのアウトリーチ事業。

    • ベビクラ!

対象は子育て中のママ。0歳から入場可とし、ママ友づくりを目指す。

    • 避難訓練コンサート

公演本番中に災害が発生したと想定し、実際に来場者、出演者を避難誘導する公演。

    • 名曲解剖シリーズ

2016年度にスタート。「音楽の見える化」でクラシック音楽の敷居を低くしたレクチャーコンサート。

    • 寺子屋シリーズ

子どものための狂言、落語、オペラの教室。成果を披露するための公演を実施し、講師と共演。「こども落語教室はひとり一席披露、子どもがプロ顔負け」

    • からだのワークショップ

コンテンポラリーダンスのメソッドを用いて、乳幼児を持つ母親を対象とするワークショップ。「私自身も育休中に参加したのですが、骨盤を意識した動きがすごく良かったです」

    • リージョナルスタッフ養成講座シリーズ

イベント企画、舞台技術、レセプション、戯曲の講座。観客以外の立場でもコミットできるチャンネルを設定。

    • トライアングルプロジェクト

地域住民とアーティストと文化施設の3者が、地元飲食店と連携して実施したリーディング演劇公演。

文化庁など様々な助成金申請を行い、細かい助成金を掛け合わせながら数々の事業に取り組みます。
最初に取り組んだ事業は「パンダのいるまち展」という写真展でした。

「灘区の王子動物園のパンダとコラボしたいと思ってやったのがこの写真展です。おでかけマップをつくって灘区内のいろいろな施設で写真を撮らせていただきました」

地元の観光資源を知ってもらうためと、地域や住民との関係づくりという両面がある取り組みだったと振り返ります。

子育て中にも気軽に訪れたい場所を目指す

衣川さんは灘区役所の職員とやりとりしているなかで、灘区は子育て支援が充実し、子育てサークルをバックアップし、さらには子育て支援コーディネーターを嘱託で雇っていると知り、灘区民ホールも「子育て支援」の流れにのってやっていこうと考えたそうです。

そして取り組んだのは言葉を使わない表現手段で開催する「世界の劇場シリーズ」でした。作品「雨だれ」という水のインスタレーションは大人気で、すぐに完売したそうです。
「言葉はわからなくてもいろんなことが伝わってくる作品でした」

「この頃に、社会に出て働いていたけれど子どもを産むときに職を捨てて、でもいろんなことをやりたいと思っている子育て中のママたちが地域にいっぱいいることを知りました。何かやりたいんだけどひとりじゃできない。できる場所を探している。それなら、と『北欧というテーマを設定するので何かやってもらっていいですか』と声をかけて生まれたのが『マママルシェ』なんです」

「マママルシェ」では写真撮影会や、近隣のお菓子教室の先生が北欧のお菓子をつくり、バザーが開催されました。

「これがすごい盛況で、この1階のロビーはガラス張りでいろいろ使える、5階のホールよりここで開催したほうが地域の方にはいろんなことが伝わるんだろうなと感じました」

次に生まれた事業「ベビクラ!」はママ友づくりが目的のクラシックコンサートです。

演奏者は全員子育て中のママ! コンサートの中では音楽の解説みたいな話は一切せずに、子どもの服がサイズアウトするけれどどうしているか、子どもが言うこと聞かないときにどうしつけているかなど、子育てトークをやってもらっています。 曲はがっつりクラシックですが、子どもは長い時間だとしんどいと思うので3、4分にアレンジしてもらったり、主に小品を演奏してもらっています」

会場はベビーカーのままで入れるように設営しています。

灘区は転出入が激しいので、ママが孤独になるケースがあります。そのためコンサート終演後は茶話会としてお菓子とジュースを配り、おしゃべりできる場が設けられました。

「『ベビクラ!』で昔の友だちと出会った人もいます。ほかの場所で顔を見たことがある程度だった人たちが茶話会をきっかけに仲良くなったりするのがうれしいですね」

世界の劇場シリーズの関連イベントで、イタリア人の作家が子どもたちといっしょに絵を描くワークショップもやりました。3歳から5歳までの子どもが参加し、作品は灘区民ホールの柱に掛かっています。そしてこの取り組みは商店街へと続いていきます。

灘区民ホールから王子公園駅に向かう道中に水道筋商店街という通行人数の多い商店街があります。アーケードを抜けた先の「水道筋ひだまり商店街」は、アーケードのある商店街と比べると少しさみしいスポット。そこで道路に絵を描く取り組みが行われました。それが水道筋ミュージアムストリート「せかいのいろはどんないろ」です。

「のべ300人ぐらいの人たちが参加して色を塗ったのですが、外だと開放的になるので服を脱ぎ出す子どももいたり、全身みどり色になっていたり、足で塗っちゃう子もいたり、楽しかったです。参加した人に何度も見に来てもらいたいと思って、すぐに消えてしまうチョークではなく絵の具で描くことを提案しました。終わった直後に雨が降っちゃったのが残念でしたが、新聞に掲載されたのを読んだ人が見に来るなど、普段商店街に来ない人が来てくれたみたいで、これはこれで良かったなと思います」

アウトリーチ事業のきっかけは、地域間格差。

ホールの外へも出て行きます。2013年度から定期的に小学校に出張するアウトリーチ事業も行っています。

「アーティストが学校を訪れて、出張編ということでやっています。2016年度まで90回、7711名の子どもたちにいろいろなものを届けてきました。2017年度に至っては32回、2779名のお子さんに届けましたが、実際かかった費用は99万円でした

ジャンルは落語や狂言の体験、現代書、アコーディオン、打楽器などさまざまです。衣川さんはコンテンポラリーダンサーによる小学校1・2年生のための授業のエピソードを紹介しました。

「身体の中で動かせる部分をみんなで考えて、重点的に動かしてみようという授業なのですが、私たちがアウトリーチに取り組む意味をアーティストがとても理解してくださっています。例えば、子どもたちに、『おいしいね』には、『おいしいね!』や語尾を伸ばす『おいしいね〜』もあって、いろんな『おいしいね』を知っていると、いろんな友だちのことを知るきっかけになるし、仲良くなれるよ。だからいろんな『おいしいね』を知るための授業がこれなんだよ、と教えてくれました。この話がうれしくて」

そんなレクチャーのあとでアーティストのお姉さんが踊りだすと、みんな目を丸くしてちゃんと見ているのが面白いのだとか。

2011年にスタートさせた子どもたちに向けたホールでの取り組みはすべて有料公演です。「プロのアーティストが出演するものに関しては、無料でやらないというポリシーです。みなさんにこれは対価が発生することをわかってもらいたいのでそうしています」

しかしその事業を続ける中で地域間格差を感じるようになったと言います。「子どもの『参加したい』という意志だけではなく、わが子の思いを実現してあげたいという考えや、実現してあげられる経済力に大きく左右される……つまり、子どもではなく保護者に委ねられるということです」

それを防ぐために直接学校に出向こうと考えるようになりました。

ただし、「学校に行くということは45分の授業をいただくということ。子どもたちは半ば強制参加です。例えば音楽が苦手でも嫌いでも、この授業は参加しないといけないので、その子にとってはものすごく苦痛な時間になるかもしれない。最初の出会いを間違えば、より音楽の嫌いな子をつくってしまうかもしれない」。だから出張授業に行ってもらうアーティストには様々なリクエストをして、かなり負荷をかけさせてもらっていると言います。

「45分の授業をどう組み立てるか細かく注文を出します。じわじわ子どもたちのテンションが上がるような授業では好きな子しかついてこられないので、中だるみしそうなところで子どもたちといっしょに何かをやってほしいとか、説明する言葉にしてもこれは小学校3年生にわからないから別の伝え方をしてほしいとか、説明が長くなると子どもは飽きるのでもっと音を聞かせてほしいとか、学校の楽器をできる限り使ってほしいとか。調整を重ねながら完成度を高めていきます」

アウトリーチ活動は芸術普及を目的にやっているわけではないので、アウトリーチの次はホールにきてほしい、とも考えていないと衣川さんは語ります。もちろん結果的に好きになってホールに来てくれることは大歓迎です。

「子どもたちがアーティストという、普段出会わない価値観をもっている人たちとコミュニケーションをとることで何かを感じてほしい、その積み重ねが大切だと考えています。大人が思っているよりも、子どもたちは感受性が強いのでいろんなことを感じてくれていると思います。例えば『音楽は静かに座って黙って聞いてなきゃいけないものじゃなくて、楽しければ自然と体が動くものだから動かしてもいいよ』と子どもたちや先生たちに話しながら出張授業をやっています。思っていたよりも楽しかったと感想を言ってくれるので、食わずぎらいの子どもたちが少しでも減ればと思います」

子どもたちは地域の財産だと考える衣川さん。そこに対してできることはもっとたくさんあると考えています。

年間40回のアウトリーチを行うのに、60万円は文化庁からのお金で、残りの60万円はどうしようかと考えて、2015年にはクラウドファンディングを活用しました。

「指定管理者がすべてを負担していたら破綻してしまいます。ホールにある自動販売機5機の売り上げが年間でおよそ100万円あり、それを原資に自主事業を行っていますが、あと30万円でも集まればいいなと思ってやったのがこれです」

神戸市灘区の小学校にアーティストが出かける出張授業がしたい!(衣川絵里子(灘区民ホール)) – クラウドファンディング Readyfor (レディーフォー)
https://readyfor.jp/projects/nadakko

クラウドファンディングの経験を、衣川さんはこう分析しました。

  • 灘区に関係ない人には完全スルーのプロジェクトだった
  • 一般的にお金に余裕のある人たちはインターネットに弱い
  • クラウドファンディングの数自体も飽和状態になってきた
  • オールオアナッシングという成功報酬型で行ったが、最近は達成が困難らしい

また、ソーシャルメディア上で800回の「いいね!」をもらったもの、寄付があったのは33名だったため、「いいね!」をお金に変換するかがいかに難しいか、とも話していました。

衣川さんが8年間に考えてきたこと

「灘区民ホールは誰のものなのか?」「事業は何のためにやるのか?」「その事業に参加した人や関わった人の未来にどんな『物語』が待っているのか?」「私が語る言葉には明確なイメージがあるか?」ということを、この8年間、常に考えてきたと衣川さん。

「灘区民ホールは公立の文化施設なので、来館者だけではなく、ホールを利用しない灘区民のものでもあります。来館しない人からも灘区民ホールが『あってもいい』と思われる存在になり、灘区民ホールの取り組みが地域の資産価値を上げられるなら、それも地域貢献だと考えています」

2010年当時に子ども向けや子育てママに向けて事業をたくさん行っているホールはほかにはそれほどはなかったそうです。灘区民ホールは事業予算の8割以上を子どもたちや子育て世代に向けて投じてきました。

既成概念に囚われない運営も目指しています。「『これはできません』と禁止したほうが施設の運営は簡単です。でもそのルールはどこに書いてあるの? 条例や規則には一言も記載がないものも多い。ルールはできるかぎりなくして、地域の方が何か言ってきたときに、問題をいっしょに考えればいいと考えています」

事業は目的を達成するための手段なので、事業を実行することの先にどんな目的を設定するかを常に考えている」という衣川さん。「『なぜ』の部分が変わるとすべての部分が変わってしまいます。どうしてやるのか、という目的に関しては絶対にブレてはいけません。『なぜ』が変わると『誰に』というターゲットも変わってくるので」

また、できるかぎり積極的に「ストーリー」を語っていきたいと考えて、先に紹介した「ベビクラ!」では「子どもを連れてきて良いクラシックコンサート」ではなく、「ママ友をつくりたいという展開を考えていますよ」とチラシなどで伝えるようにしているそうです。

去年、衣川さんは会社を立ち上げて、西宮市フレンテホールの指定管理者に応募して選ばれました。 4月からフレンテホールで新しいスタートを切ります。

「灘区から離れることに心残りもたくさんあります。これまで培ったものが何らかのカタチで灘区に根づいたらと思っています」

衣川さんがプロジェクトをデザインしていく中での試行錯誤はホール関係者ではなくとも、どなたにでも参考になる思考だと思います。今後の西宮市での取り組みが楽しみです。

(構成/狩野哲也